【村上英士朗の家族】実家の父親は柔道整復師で母親は看護師?嫁(妻)の里佳子さんと子供を調査!

【村上英士朗の家族】実家の父親は柔道整復師で母親は看護師?嫁(妻)の里佳子さんと子供を調査! テレビ
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こんにちは!管理人のうさぎです!


パリ五輪の重量挙げ日本代表村上英士朗選手嫁(妻)里佳子さんと一緒に【新婚さんいらっしゃい】に出演!

村上英士朗選手は現在、全日本ウエイトリフティング選手権109キロ超級(スナッチ188kg・ジャーク231kg・トータル416kg)日本記録保持者!スクワットの最高挙上重量は365kg!

村上英士朗さん子供の頃祖父の村上満さんはボディビルダーでジムを経営していた。元日本ボディビル・フィットネス連盟副会長だったそうです。

祖父の自宅には大量の「月刊ボディビル 」があって村上英士朗選手はその雑誌に出てくる身体の大きい人にとても憧れをもっていて夢中で読んでいたそうだ。

ボディビルの筋骨隆々の体格に憧れていた村上英士朗(むらかみ えいしろう)さんがウエイトリフティングを始めるきっかけになっていったのかもしれませんね。

ウエイトリフティング選手の村上英士朗

パリ五輪に初出場の村上英士朗選手は、ウエイトリフティングの男子で最も重い102キロを超えるクラスに出場し合計400キロで10位でした。世界の重量級の選手を相手に大健闘でした!

ボディビルダー祖父柔道整復師の父親看護師の母親家族について気になりましたので村上英士朗さんの実家の家族(父親、母親、兄弟、祖父母)また、2023年に結婚した嫁(妻)里佳子さんや子供について調査しましたので一緒に見ていきましょう。

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村上英士朗さんの生い立ちやエピソード

村上英士朗さんは1995年8月8日生まれ。出生時の体重は3420g。出身は富山県富山市。

男の子赤ちゃんの体重の平均およそ3000gなので村上英士朗さんは少し大きめの赤ちゃんだったようですね。

夜泣きが凄かったようで、両親が夜泣きをする村上英士朗さんをあやしていた時に聞き取れた言葉が「おにぎり」だったそう(笑)夜泣きの原因はおなかが空いていとか。

パリ五輪の重量挙げ日本代表選手の村上瑛士朗さん
パリ五輪の重量挙げ日本代表選手の村上瑛士朗さんと父親

村上英士朗さん!お父さんにそっくりですね!かわいい~💛

幼少期はとても活発で高いところから飛びおりては怪我をしていたそうで、ガキ大将っぷりががうかがえますね。(^^♪

そのくせ母親が見えなくなると泣き出してしまう寂しがり屋さんだったようです。

子供の頃の夢はレゴブロック屋さん!レゴブロックでお城など建物を作って遊んでいたそう。子供の頃の村上英士朗さんの好きだったことは日本昔話と星獣戦隊ギンガマン。

日本昔話は祖父母や両親が読み聞かせをしてくれたのかもしれませんね。

村上瑛士朗の出身小学校は富山私立熊野小学校

村上英士朗さんの自宅は山間の近くで熊が出没することがあり、熊よけの鈴をランドセルにつけて富山私立熊野小学校に登校をしていたそうです。

熊よけの鈴は効果があるんでしょうか。

クマはとても警戒心が強い動物で、音やにおいにとても警戒します。鈴の音で人間がいると警戒させてクマの方から離れてもらうようにするためのアイテム。

熊は警戒して鈴が鳴る方へとは近づかなくなるようですね。安心しました。

村上英士朗さんは父親の幸史さんと一緒に地元のマーチングバンド「熊野家族楽団」に小学校2年生から6年生まで入団していました。

髪型が十分、目立ってますねww

村上英士朗さんが入団していたマーチングバンド「熊野家族楽団」は本格的に教えてくれ県大会を勝ち、北陸大会では金賞を受賞。そのおかげでトランペットの高音も上手に演奏できます。

小学時代の村上英士朗さんはクラスではムードメーカー的なキャラで生徒会にも積極的に立候補して運営委員長(生徒会長のような役職)に。目立ちたがりやである反面、人見知りなところもあったようでクラブは囲碁将棋クラブに所属していなく

村上瑛士朗の出身中学は富山市立興南中学校

富山市立興南中学校は学校には吹奏楽部がなく、父親の幸史さんの進めて柔道部へ入部。

なぜか?村上英士朗さんは柔道で相手を倒しても嬉しい感覚がなく、体力づくりのために始めた重量挙げの記録を更新する面白さにはまっていたそう。

父親から「お前は体力がないが、重量挙げは一瞬の競技だからやれるんじゃないか」と助言をうけた。重量挙げはステージの上で、自分一人だけパフォーマンスが注目を浴びられるところから目立ちたがりの村上英士朗さんは重量挙げの選手に魅力を感じていた。

村上英士朗さんが中学生の頃、父親がハードコアパンクのバンドをやっていて、そのライブを見にいったそうで、メイナードファガーソンの曲がとくに好きだったと。

中学校でも生徒会長に立候補し生徒会長にもなって活動。

村上英士朗さんは中学3年になると、重量挙げにどんどん夢中になり、ストイックに練習をこなしひたすら食べて体重を増やした。毎年20kgくらいずつ体重が増やし中学3年生では100kg超え。村上英士朗さんは体重を増やすこと自体が嬉しくてやっていたそうですが、両親は「何が嬉しいの?」と村上英士朗さんは周囲の感覚のずれがあることに気づいたそうです。

村上英士朗さんは思い込んだら一途な性格なんでしょうね。筋肉をつけて体重を増やして重量挙げの成績を上げたかったんでしょうね。

中学2年生の村上瑛士朗選手
中学3年生の村上瑛士朗選手

明らかに体重が増えていることが写真家らもわかりますね。ストイックに筋力トレーニングして食事をしっかり摂ったんでしょうね。

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村上英士朗の出身高校は富山県立滑川高校

富山県立滑川高校の頃の村上瑛士朗さん

村上英士朗さんウエイトリフティングに本気で取り組みたい思いがあり、富山県で重量挙げの部活が滑川高校にしかなく、実家からは20キロほど離れていたため、実家を離れ祖母の自宅から通うことにしたそうです。

ちょうどその頃、村上英士朗さんは反抗期真っ只中で、実家を離れて祖母の自宅で一緒に暮らしたことはいい経験になったと語っています。

村上英士朗さんは研究所レベルの器材を扱うことに興味があり、毒物劇物取扱責任者、危険物取扱者乙4の2つの資格をとったそうです。

本当に好きな事や物に対しては納得するまで勉強していく凄い人ですね。

「祖母がお弁当屋をしていて作ってくれるご飯が凄く美味しい!」と高校に進学しても少しずつ体重が増えて行ったそうで練習前と後、夜食を二回くらいずつ食べて、自然と体が大きくなったそうです。

1日、村上英士朗さんは何食、食べてたんでしょうね。食事の回数を調べました。

1回目食事 朝食
2回目食事 昼食
3回目食事 練習前食
4回目食事 練習後食
5回目食事 夕食
6回目食事 1夜食
7回目食事 2夜食

凄い―ww! 村上英士朗さんは1日7食の食事を摂っていたことがわかりました。

お祖母さんに感謝ですね!

村上英士朗さんの出身大学は日本大学

村上英士朗さんが日本大学に進学した理由は日本大学のコーチや顧問の先生から熱心に勧誘があったそうで、最初は法政大学に憧れの三宅兄弟(三宅義信、三宅義行)の出身大学で重量部の歴史があり、超級のレベルが最強だったことで志望していた。

しかし、日本大学に志望を変更、糸数陽一、持田龍之輔というトップ選手が在籍していたことが決め手となって日本大学に進学を決めたという。

村上英士朗さんの高校までの重量挙げでの華々しい実績が邪魔をして大学へ入学した当初、大学の部活やナショナル合宿で伸び悩み自信を失ってしまった。

希望していた通年合宿のメンバーに入ることはなかったが、村上英士朗さん自身自分を見つめなおし、ゼロから出発をするための4年間だったということです。

村上英士朗の実家の家族構成

村上英士朗さんの実家の家族構成は(父親、母親、本人、兄弟、祖父母)

・父親:村上幸史 柔道整復師
・母親:村上直江 看護師
・本人:村上英士朗 パリ五輪重量挙げ日本代表
・兄弟(弟):村上堅信 明治大学で重量挙げ選手
・祖父:村上満 元ボディビルダー、日本ボディビル連盟副会長
・祖母:一般の人で名前は公表されていません。

それでは詳しく見ていきましょう。

村上英士朗の父親は柔道整復師

村上瑛士朗さんの父親の村上幸史さんは柔道整復師として2001年5月、富山市上野(熊野校区)にて村上接骨院を開院。

2005年8月、村上接骨院の隣に「村上接骨院デイサービスセンター ふれあい工房」を開設。現在は有限会社ファーテルの代表取締役と介護保険事業施設、村上接骨院デイサービスセンターふれあい工房の代表取締役を兼任しています。

村上接骨院
村上接骨院 

ふれあい工房介護保険施設

ふれあい工房は送迎はもちろんのことお身体の状態を改善し、快適な生活が送れるようサポートをしてくれる施設。介護が必要な方々が憩いの場所として喜んでいるそうです

村上幸史さんの親切で明るい雰囲気に人が集まって来るのかもしれませんね。

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村上英士朗の母親は看護師

村上英士朗さんの母親の村上直江さんは富山市医師会看護師専門学校を卒業。

現在はふれあい工房介護保険施設の管理者としてまた看護師として活躍しています。

村上英士朗さんの母親の直江さんはとてもお綺麗な方ですね。

村上英士朗の兄弟(弟)

上村英士朗さんの兄弟には弟の上村堅信(うえむら けんしん)さんがいます。

上村堅信さんは兄の上村英士朗選手の影響を受けてウエイトリフティングを中学2年生の頃から始め、出身高校は重量挙げクラブがある滑川高校

北信越総体で優勝されインターハイに出場。大学は明治大学でウエイトリフティングをされていたそうです。

上村英士朗選手は弟の堅信さんにとってウエイトリフティングの試合においてアドバイスをくれる心強い存在だったと語っています。

2人はとても仲の良い兄弟で鍋パーティーをしたり一緒にジムに行ったり時々あっているようです。

村上英士朗の祖父は元ボディビルダー

村上英士朗さんの(祖父)村上満さんは元ボディビルダーで日本ボディビル連盟副会長をされていたそうで、祖父の自宅には大量の「月刊ボディビル 」があり、村上英士朗さんは熱心に読み、子供の頃から身体の大きい人に憧れてはいたそうです。

祖父の村上満さんはボディビルについて熱心に勉強をしていたことがわかります。

孫の上村英士朗さんがウエイトリフティングにストイックに取り組む姿勢は祖父の影響なのかもしれません。

村上英士朗の祖母

村上英士朗さん重量挙げを本気で取り組みたかったため、富山県で重量挙げの部活があるのはここだけだったために自宅から20キロほど離れていたため実家を離れて祖母の自宅で一緒に暮らしたそうです。

祖母は一般の人なので公式には名前を公表されていませんがお弁当屋さんを経営していたそうで、村上英士朗さんの高校3年間1日7食の食事をお祖母さんが作ってくれていました。

1回目食事 朝食
2回目食事 昼食
3回目食事 練習前食
4回目食事 練習後食
5回目食事 夕食
6回目食事 1夜食
7回目食事 2夜食

村上瑛士朗さんのお祖母さん作る食事はとても美味しかったそうで体重も少しずつ増えていったようですね。お祖母さんの食事のお陰で高校時代の重量挙げの成績も華々しい成績を残すことができたようです。

お祖母さん

         ※お祖母さんのイメージ写真

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村上英士朗の結婚した嫁(妻)里佳子さん

夫の村上英士朗さんと妻の里佳子さん

パリ五輪重量挙げ男子日本代表の村上英士朗さんは2023年12月に(旧姓清水)里佳子さんと結婚をしました。

夫の村上英士朗さんは全日本ウエイトリフティング選手権109キロ超級(スナッチ188kg・ジャーク231kg・トータル416kg)日本記録保持者です。

実は嫁(妻)里佳子さんも重量挙げの元選手。富山市出身で中学校は富山私立奥田中学校、高校は夫の村上英士朗さんと同じ滑川高校です。

嫁(妻)里佳子さんは中学時代はソフトボール部に所属していて、ウエイトリフティングを始めたのは高校に入学してからで天性の才能は開花して2017年全日本女子選手権90キロ超級で優勝!

大学生時代は10度も日本一に輝いています!!

新婚さんいらっしゃいの番組では里佳子さんの現役当時の映像を紹介!!

ウエイトリフティング部で活躍する大学生の里佳子さん

2018年日本学生選抜大会の女子90キロ超級で優勝!夫の村上英士朗さんも同じ2018年日本学生選抜大会男子105キロ超級で優勝と夫婦ともに日本一に輝きました。

妻の里佳子さん自身、オリンピックを目指していた時期もあったそうですが現在は夫の村上英士朗さんの健康面や精神面のサポートをすることで夫婦共に同じ目標で頑張っています。

嫁(妻)里佳子さんが明るい笑顔がとても印象的です。

中学生の嫁(妻)里佳子さん

こちらの中学生の頃の里佳子さんの写真(村上里佳子さん提供)

可愛いですね。里佳子さん!

(夫)村上英士朗さんと(妻)里佳子さんとの馴れ初めは

夫の村上英士朗さんとの馴れ初めは中学生の里佳子さんが滑川高校へ体験入部した際に(妻)里佳子さんは初心者ながら100キロをスクワットしたことに村上英士朗さんは「才能あるから絶対にやった方がいいよ」と声をかけたそうです。

当時のあだ名はボス!(妻)里佳子さん
後ろにいるのは夫の村上英士朗さん

その時に補助についてくれたのが夫の村上英士朗さん。

見た目が可愛いのに体が大きくて強い」(妻)里佳子さんに”ギャップ萌え”して一目惚れしてしまった!!

その当時、(妻)里佳子さんには恋愛感情は湧かなかったそう。

恋愛を意識するようになったのは、夫の村上英士朗さんが高校3年生で、(妻)里佳子さんが高校2年生の時に2人で全国大会に行く機会があり、2人でロッテリア行くと、村上英士朗さんがポテトとシェークを奢ってくれたことが嬉しかった里佳子さん。

村上英士朗さんの妻の里佳子さん

初めて男性から奢ってもらったことが嬉しくて好意を抱くようになったそうです。

なんかかわいいですね(⋈◍>◡<◍)。✧♡里佳子さん💛

それから、

東京都と富山の遠距離恋愛が始まります。

夫の村上英士朗さんと妻の里佳子さん

村上英士朗の子供

村上英士朗さんと嫁(妻)里佳子さんとの間に子供がいる情報は今のところありません。

今現在は子供はおりません。

お二人の結婚は2023年12月でした。今年の12月で1年になります。

2024年は村上英士朗さんは念願のパリ五輪重量挙げ日本代表に選ばれて何かと忙しい日々だったと思います。

次回のオリンピックは4年後の2028年ロサンゼルスでのオリンピック開催が予定されています。

今日の新婚さんいらっしゃいの番組で、もしかしたら嬉しい報告があるかも…。と

ちょっぴり期待をしたりしています。 (^^♪

お子さんの嬉しい情報が入り次第、追記したいと思います。

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村上英士朗の家族まとめ

村上英士朗さん実家の家族構成は父親、母親、弟、祖父です。

父親の村上幸史さんは柔道整復師で村上接骨院を経営。現在は有限会社ファーテルの代表取締役と介護保険事業施設、村上接骨院デイサービスセンターふれあい工房の代表取締役を兼任しています。

母親の村上直江さんは現在、ふれあい工房介護保険施設の看護師としてまた管理者として活躍されています。

弟の村上堅信さんは兄の村上英士朗さんの影響を受け、ウエイトリフティングで北信越総体で優勝されインターハイに出場。大学は明治大学でウエイトリフティングをされていたそうです。

祖父の村上満さんは元ボディビルダーで日本ボディビル連盟副会長をされていた。

村上英士朗さんの希望の高校が実家からは遠距離のため、実家を離れ祖母の自宅から高校に3年間通う。祖母はお弁当屋さんで3年間1日7食の食事を作ってもらっていた。

結婚した嫁(妻)里佳子さんも重量挙げの選手だった。夫婦そろって全日本で優勝の経験があります。

現在、村上英士朗さんと嫁(妻)里佳子さんには子供はおりません。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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